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Rep:「安彦良和講演会」@川崎市民ミュージアム(後編)
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 講演は1時半から2時半までの予定でしたが、安彦良和氏が2000年『王道の狗』で受賞されたが第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞のことにも話が及び、2時40分までトークが続きました。



最近行われた受賞式では、警備がものものしいなぁと参加者は思っていたそうなんですが、安部首相が自ら、参加されたそうです。宮崎駿氏のアカデミー賞受賞、海外からの注目で、マンガやアニメが日本の輸出産業になるということに政府がようやく気づいたってことでしょうね。イイダ氏曰く、
 
 「お金を出されると、口も出る。お金はいい。税金は払う。だから、何もしないでほっといてくれ」
 
 安彦氏も
 
 「韓国は国ぐるみでアニメ関係の大学を作っているが、日本に研修しにくるんだよね」と。
 
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 ちと横道にそれます。
 
 これは「言論の自由」ということでしょうね。最近、故米原万理氏の著作「オリガ・モリソヴナの反語法」という本を読みましたが、海外から来た大使とパーティに行くだけで管理当局から目をつけられ、今の日本であれば、罪はないのに、シベリアに送られ強制労働させられる。その過酷な状況を生き抜いたオリガ・モリソヴナという女性の真相を追う小説でしたが、この小説を読んだら、日本に生まれたということを感謝せずにはおれません。

 今でも北朝鮮の放送を見ることができますが、アナウンサーの笑いの仮面・・・・。仮面を被ることに慣らされているのでしょうか。あのように統率されている世界では、軍需産業は育ってもエンターテイメントは育たないでしょうね。
 
 
 
 
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 質問はどうだったかというと、合計で20名ほど手が上がっていたでしょうか。その中でラッキーな4人の人が、質問の機会をゲットしました。
 
◆お一人目

 レゲエっぽい髪を後ろでまとめた、業界人という風体の30代くらいの男性でした。彼は、一度アニメーターを目指して、「自分は天才」と思って出てきたが、周囲にはすごい人ばかりだった。今はCG関係の仕事をしているという人からの質問で、「安彦さんが1980年代後半にアニメーションをやめてマンガの世界に入ったきっかけは何ですか?」というものでした。
 
 
 昭和が終わり、冷戦が終わり、いろいろな意味で時代の節目でしたが、そのとき、安彦氏にとって一番ショックだったのが、ユーゴスラビアの民族運動独立による内戦だったそうです。
 
 「オリンピック(1984年 サラエボオリンピック)を開催した国で内戦が起こるなんて信じられなかった。それまでいろいろな設定で書いてきたけれども、歴史に勝るものはないと実感した」
 
 「ガンダムという作品で、「オタク」と言われる生活力が乏しく視野の狭い若者を大勢生み出してしまった。アニメーションという仕事を続けると、そんな若者をどんどん増やしてしまうのではないかと感じた。当時、編集者を2,3人しか知らなかったが、思い切って、アニメーションの世界から足を洗ったのです」
 
 「またもう一つの理由は、天才がたくさんいたことです。宮崎駿、高畑勲はその当時から垣根を一つ分けた向こうにいました。また後から出てきた押井守。最近の作品はどうかと思うけれども、彼は天才です」
 
 イイダ氏からは「ユーゴスラビアの内戦でこんなことをいう日本人はあまりないので、びっくりしました。デイビッド・ハルバスタムという人が「静かなる戦争」という本を書いていますが、是非読んでみてください」との紹介がありました。

◆お二人目

 今は、漫画家を志しているそうですが、ようやく誌面に掲載されるようになったという自称漫画家の卵という方からのご質問で、「長いキャリアの中で、楽しく仕事を続けていけるのでしょうか?」
 
 このときに、安彦さんの目が優しかったです。恐らく同業者であり、新人作家の悩みをご存知だからでしょう。
 
 「楽しいときもあれば、楽しくないときもあります。まず、家族や編集者のほかに相談できる人を持って、その人と相談するようにしたらいいと思います。楽しくない仕事でも、いろいろな人との関係ができたりして、それが次の自分のキャリアアップにつながりますから」
 
 イイダ氏も編集者の立場からいろいろ励ましの言葉をかけていらっしゃいました。
 
◆3人目

 40にさしかかろうかという八王子で行われた展覧会でも参加された方からのご質問でした。コンバトラーVのポスターの絵に傷があるそうです。その傷は八王子のときからついていたそうですが、その傷の由来と安彦氏が一番気に入っているのは何かという質問でした。
 
 安彦氏は傷のこと、ご存知なかったようです。
 
 「コンバトラーVを監督した長浜忠夫という方がこのイラストをほしがったのですが、私はあげなかったんです。で、自分の仕事場にずっとかけていました。傷はもしかすると、そのときについたのかもしれません。長浜氏はそれから数年後、亡くなりました。今、思えば、なぜ差し上げなかったのだろうということが悔やまれます」
 
 「一番というのはありません。どの絵にも思い入れやそのときの時代を語っています。例えば、2日かけて描いても却下されて陽の目を見なかったイラストもたくさんあります。逆にそういうもののほうが、愛着があったりします。「戦場にて」というイラストはガンダムのLPが出るというときに、通常のジャケットではないものにしたかった。だから、あのイラストを頼まれもしないのに描きました。富野監督がそれを推してくれて、あの原画がレコードのジャケットになったんです」
 

◆4人目
 
 最後の質問者の方は特に自分のプロフィールをおっしゃいませんでしたが、30歳くらいの男性の方です。国家が今、漫画やアニメというサブカルチャーに対してできることは何かという質問でした。
 
 「さきほども言ったように『ほっといてくれ』ということでしょうね」
 
 イイダ氏もそれを受けて、
 
 「外務省が漫画文化の国際的普及に向け、外国人漫画家の優れた作品を表彰する国際漫画賞というのを創設したが第一回の受賞者はなんと香港の有名な劇画化の巨匠。今更、日本から賞を贈るのは失礼ではなかったのか。もしやるんなら、アメリカの某アニメ老舗会社に『あなたは国際的にアニメの発展に貢献されました』というくらいにやってほしい」(■関連リンク■国際漫画賞に中国「孫子兵法」 麻生外相が発表
 
 なんてことを冗談めかして言っておられました。

 こうやって、質問者の顔ぶれと質問内容を見ると、安彦氏の業績の根本的なものは何だったのか、ハートはなんだったのかということを知りたい人が多かったのではと思いました。安彦氏が最後におっしゃっていたのは、
 
 「書いてうれしいのは、褒められること、そしてお金がもらえることです。でも、両方が同時に得られることはなかなかありません。賞をもらえるってのもある意味、褒められることなので、うれしいのですが、たまたま委員の人が推薦してくれて、土俵にのったという感じです」





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編集 / 2007.08.06 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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